風が吹き、木々の枝が風に靡き、今年は少し早めに咲いた桜が花を散らして桜吹雪を造 る。歩いていた人間が皆一瞬足を止め、その光景に見とれていた。それ程に美しい、優美 な光景。 春の風物詩、桜。 俺の大好きな、桜。 約束の、桜。 〜約束〜 高校生の時、俺は結構はっちゃけて過ごしていた気がする。無意味に教師に反抗し、授業 をサボり、その癖部活にだけは精を出して。勉強なんかもう見向きもしなかった。 典型的っちゃあ、典型的な俺の高校生活。今の俺だったなら昔の俺を殴り飛ばしてしまい たいと思うような事も多々してきた。まぁあれだ、若気の至り、と言うやつだろう。若しく は『若さ』と『馬鹿さ』が一緒だったとでも評するべきか。 そんなこんなでいろいろしてきたモンだが、今はまぁ、こうして無事に大学を卒業。就職 してからもう六年が経っていた。 と、そんな思考に耽っていたら、リビングから電子音が鳴り響く…あ、鳴り止んだ。 「…おーい鷹也くーん。お電話ですよぉ〜?」 しばらくしてリビングダイニングから俺と同い年なのに未だにあどけなさが抜けない妻の 声が響いてくる。どうやら電話を取ってくれたようだ。因みに妻は高校の同級生だったりす る。 「おう、今行く!」 自分の書斎からそう大きな声で返事をすると、俺は思い耽っていた椅子から立ち上がった。 腰が痛ぇ。俺も年をとったようだ……じゃなくて、今は電話を替わらなくては。 ぱたぱた、と短い廊下を少し早足で歩いてリビングダイニングへと入り、すぐに電話を替 わった。見覚えのない番号だったらしいので声を少しいつもより冷たいものに調節。……妻 がニヤニヤ笑ってるけど…まあいい。よし、OK、喋るか。 「ハイ神山ですが」 …沈黙。 「…もしもし?」 『……ぶはははははは!気取った声出してんだてめぇ神山!お前にゃ似合わないっつーのよ !ぶははははははは!』 いきなり電話で失礼なヤツだ。そのまま電話に怒鳴りつけてそのまま受話器を叩きつけて やりたい衝動に駆られていたがギリギリ理性で押しとどめた。それにどこかで聞き覚えがあ るような……。 思わず沈黙した俺の事を訝ったのか、向こうから声をかけてくれた。 『まさか俺の事を忘れたとか言うなよ?君と高校3年間ずっとつるんでた俺様ですよ!?』 3年間?つるんでいた?……まさか。 「…もしかして…鮫島?」 『アッタリィィィィィィ!』 …そう言えばそうだったこいつはこう言うテンションの高い奴だったのだ。すっかりその 事を忘れていたぞ。正直結構ウザイ………けど、親友だ。 鮫島翔平。なんだかんだ言って俺の一番の親友だったりする男。 「何年ぶりだオイ。もう4、5年連絡も取ってなかったよな」 『おーそうだな。多分6年ぶりくらいだろ』 もうそんなになるのか。ヤダねぇ、時の流れが速く感じるって事は年取ってるワケだし。 うーん、本当に不老不死の研究でもしたくなる。 「で、どうしたよ?わざわざ俺に電話かけてくるなんて…なんかあったか?」 『いんや、別にそういうわけじゃねーが。ホラ、明日…覚えてるか?』 明日…明日。なんかあったっけか…ってああ! 「まーた懐かしい事を……そう言えば、明日だな」 ニヤリと笑う空気が電話越しにでも伝わってくる。流石は鮫島、俺が忘れているだろうと 思ってかけてきたわけか。 『そういうこったな。そんじゃ明日は忘れんなよ?忘れたら承知しないぜ?』 「流石に今日言われて忘れるほど阿呆じゃねーよ」 『だな。そんじゃま、明日は芹沢…っと、今は神山だから…茉奈さんも連れてこいよ?』 「わーった。そんじゃ明日…正午だったよな?」 『おーそうだ。それじゃな』 「おうよ」 会話が終わり、受話器を置く。すると、キッチンにいた女の子…ではなく妻がにこにこと 笑いながら俺に話しかけてきた。 「鷹也君、嬉しそうだったねぇ。久しぶりの親友はどだった?」 「はは、鮫島の奴これっぽっちも変わってねぇや。ま、そりゃあ俺も茉奈もそうだろうけど よ」 「あっ、それはどういう意味なのかな〜〜?私だって高校の時から少しは成長したんだよ!」 少しは、と言ってる辺り、あまり成長してない事は自覚しているようだけど…認めたくな いんだろうなぁ。 因みに俺の身長は178cmだから、平均よりはちょっと大きめだろうか。それに比して妻…茉 奈は146cmとかなり小さめ。今俺たちは28歳なわけだが、茉奈はパッと見であればとてもそん な年齢には見えない。一度なんか高校生に間違えられていたっけか。 「ははは、悪い悪い」 勿論茉奈だって本気で怒っているワケではない。くしゃくしゃと頭を撫でると彼女もやー めーてー、などといいながらころころと鈴を転がすように笑っていた。 「ねぇ、そういえば鮫島君、なんか用事があるっていってたケド…なんだったのかな?」 「ああうん、ホラ、明日の」 「ああ、なんだ、その為にわざわざかけてきてくれたの?」 え。 「……あの、茉奈。ひょっとして覚えてた?」 「え、あ、うん……って言う事は鷹也君、忘れてた…?」 どうやら茉奈は覚えていたらしい。俺こんなに記憶力がない人物だっただろうか。嗚呼、 老化は嫌なものです、ハイ。 「……だって10年前だろ?よく覚えてるよなぁ…」 明日で、俺や茉奈、鮫島が高校を卒業してから丁度10年が経つ。その時の、約束。 「そりゃあだって、私も楽しみだったもん。明日…行ける?」 因みに明日は日曜日。 「おう、仕事は当然ない。行けるぞ」 うーん、と茉奈が伸びをして、向日葵のように笑った。 「じゃあ、明日は楽しみだねっ!」 「ああ」 そう言うと、もう一度俺は茉奈の頭をくしゃりと撫でる。明日が俄然、楽しみになってき た。 翌日。 俺と茉奈は少し早めに我が家――とは言ってもマンションだが――を出た。朝は食べない でおいて、行く前にブランチと洒落込もう、という事になったのだ。俺も普段は忙しくて一 緒に食事など出来ないし、いい機会かもしれなかった。茉奈も喜んでくれたしね。 そんなこんなで俺と茉奈が向ったのは我が母校だった。高校時代の三年間を、俺たちはこ こで過ごした…そう言えば、俺、確か卒業式の日に茉奈に告白したんだっけか…やべぇ、な んか恥ずかしいんだが。 「どしたの、鷹也君?顔紅いよ?」 おぁ、即座に見破られた。クソっ、10年前とはいえ恥ずかしすぎる。 「あ、もしかして告白の時の事でも思い出してたのかな?」 当たってるし。 「あの時の鷹也君可愛かったなぁ!いっつも冷静そうで、けど皆と楽しく笑ってる鷹也君が 顔を真っ赤にしながら告白してきてくれて!懐かしいねぇ」 「は、恥ずかしいなオイ。でもまあ、確かに懐かしいが。丁度10年前の今日だもんなー。ホ ント年取ったよ、俺は」 「私は変わってないけどねー、殆ど」 本当に茉奈は変わってない。若々しさも可愛らしく笑うところも…まあ残念な事に、いろ いろと成長してない部分もあるが。精神とか、肉体的にもその他諸々。 そんな会話を交わしながら俺達がバスに揺られていると、あっと言う間にバスは学園前。 俺達の母校の前についた。現在、11時45分。正午までまだ少し時間はある。 「…ははっ、ここも変わっちゃいないな」 「そりゃそうだよう。学校なんてそうそう変わらないって」 「それもそうだな…さてと、どうせもう少しで時間だし、行くか?桜公園」 「あ、うん」 桜公園。本当はうんちゃらかんちゃらなんとか公園といん長ったらしい名前があるのだけど、 俺たちの誰一人もそんな正式名称で呼んだ事は無かった。あの公園は、桜が綺麗だ。とても、 とても。だから誰とも無く、あの学校――学校の目の前が公園なのである――では公園の事を 桜公園、と呼んでいた。教師でさえそう言っていた覚えがかすかにある。 「桜公園に来るのは…うーん、3年ぶりくらいかなぁ?」 「そうだな。確か一度二人で来たな。それ以来…いやはや、懐かしいもんだ」 本当に学校の目の前なので、歩きながら話していてもすぐについてしまう。まだ三月も末日。 なのに、もう桜は8分か9分咲きと言ったところだった。本当に、本当に美しい。うーん、これ も温暖化の影響なんだろうか。今日みたいな日に桜が咲いてるのは嬉しいけど、まあ素直に喜 べないよなぁ。 「えっと…集合場所は確か大桜の所だったかな?」 桜で埋め尽くされているこの公園のほぼ中心に、大桜と呼ばれる古く大きな桜の木があった。 この公園のなかで恐らくは最も綺麗であろう枝垂桜。 …ちなみに、俺が茉奈に告白したのも大桜の下だったりする。そう言えば、あの時も桜が咲 いてたっけか。 「あー!!もう人が来てるよっ!!」 暫く歩いて大桜が見えるところまで来て見れば、大桜の下に立つ俺たちと同じくらいの年齢 の女性が1人。 「ってあー、ありゃあ委員長だろ、絶対」 「あ、ホントだ!!おーい!!紗枝ちゃーん!!」 紗枝、と呼ばれた女性がこっちを見た途端笑顔になった。高三の時の学級委員長。名を、神 楽紗枝。俺と茉奈、それに鮫島がいっつもつるんでいた1人だ。 「おー!!茉奈に神山っち!って2人と神山か!」 などと豪快な男っぽい言葉遣いをしてみせる。こう言う人なんだよ、神楽って。妙なカリス マ性があるんだよな、この人。 「よっ、神楽。久しぶりだな。年賀状は出してたが…会うのは結婚式以来か?」 「おう、そうだな。にしても茉奈ー、アンタは高校の時から殆ど変わらないねぇ。一瞬兄妹か とおもったよ!」 うははは、とまた笑い方まで豪快だった。懐かしい。懐かしすぎる。 「おっ、あれ鮫島じゃないのか?」 神楽が指した先には、確かに鮫島がいた。記憶より幾分か老けたが、それでもやはりあれは 鮫島だった。 「鮫島ぁ!」 「神山っ!」 パン、とお互いに手を打ち付ける。うわー、マジで懐かしすぎる。ちょっと泣きそうかも、 俺。悪口の一言でも言おうと思ってたのに言葉が出ない。何これ、ほんとに泣きそうなんだけ ど。 「はははっ、再会を懐かしむのいいが、他の連中も来始めたぞ!」 どんどんと、懐かしい顔が。斎木に水島、湊、山野辺。高三の時の懐かしい、本当に懐かし い顔ぶれ。あちらこちらで、久闊を叙している声が聞こえてくる。 「すごいすごい!結構みんな来てるよ!」 茉奈が俺の腕に手を回しながら、嬉しそうに言う。 俺たち3−Eは、とても仲の良いクラスだった。高三にしてクラス全員で文化祭、体育祭に出 たのは学校始まって以来うちのクラスだけだったとか。 何事にも団結していて、受験の時だって決起集会を行った。 そんなクラスだったからこそ、卒業式の日に約束をしたんだ、俺たちは。 今日から丁度10年後、大桜の木の下で会おう 思いで深いこの地で、この公園で、この桜の下で また再会しよう と。 その約束を皆、皆覚えていたのだ。どんどんどんどん、クラス全員である40人に人数が近づ いていく。 「こんな日に桜がこんな綺麗に咲いてるなんて…奇跡みたいだな!」 うんうん、と茉奈も頷く。綺麗に、本当に綺麗に美しくそして気高く、桜は咲き誇っていた。 強い風に煽られ、もう花びらを散らし始めている木もある。こりゃあ、今年入学の子は可哀想 だな。散っちゃってるよなぁ、この調子だと。 「…さすが元3−E!!40人揃ったぞ!!」 暫くの後、委員長のそんな声が響いてきた。当然、クラスも沸く。俺と茉奈、鮫島だって例 外じゃない。だってそれは凄い事だから。10年前の約束を覚えていて、みんな揃ったのだから …俺は忘れてたけど! 通行人や他の客が何事かとこちらを見ていたけれど、そんなのは知った事じゃあない。 「本当に揃うなんてな……!」 うん?と首を傾げながら、茉奈がこちらを見てくる。そんな彼女がなんだか可愛くて。俺は ぎゅっと彼女を抱き寄せた。 「こうやってみんなで集まれて嬉しい。すげぇ嬉しいよ。こう言うのも…なんだかこう……す げぇいいな!」 上手い言葉が見つからなかったけど。茉奈には伝わったようだ。 「…うん!そうだよね!」 そんな俺たちに、「見せ付けてんじゃねー!」と野次が飛ぶ。茉奈は恥ずかしがって離れよ うとしたけど、俺は離さないで何が悪いと言い返してやった。その言葉に、一同爆笑の渦に包 まれる。 ああ、こんなのもいいな、本当に。 俺達の上で、綺麗に美しくそして気高く、桜が咲き誇っていた。【了】 ××× 後書き この作品は、突発性競争企画のお題、桜、に投稿させて頂いた作品です。 初めての参加、緊張します。もう……なんだか……ホント緊張です。 これからも参加して行こうかしら。以下、お題ページです。